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2006.06.29

再び新作日本沈没について

映画が気に入ったので劇場公開(7月15日)されたらぜひもう一度じっくり観たいと思っています。
日本沈没は良かったです。
サントラ版CDもまだ発売されていないので(こちらは7/26の発売)7/15の公開までは我慢と思っていたところ
日本沈没大辞典という映画の内容の案内のDVDが発売されていたので早速購入してみました。
アルファベット順で映画の登場人物、専門用語などが説明されています。
映画の予告編、ダイジェスト版が収録されていて旧作の予告編も収められています。
劇場公開まではこのDVDで脳内補完再生することにしました。

昔は映画を見たあとはサントラ版レコードを聞きながらパンフレットを眺めたりノベライズを読んだりして思い出したものです。
そのあとは名画座で再映されるのを待つかTVの映画劇場で放送されるまでじっと我慢でした。
最近は劇場で公開されてから半年も待てばDVDが発売されるのでうれしいのですが、好きな作品を待ちつづけてやっと再会できたときの喜びはなくなりました。

樋口真嗣監督はインタビューで自分ひとりでは今回のような作品内容には仕上げられなかったと言っていました。
旧作に思い入れのある監督だから旧作(オリジナル)に忠実に再現したいという気持ちもきっとあったでしょう。

樋口監督の第一回監督作品 ローレライは興行的に成功を収めました。
この作品は樋口監督の趣味が良く出ていた作品でその点で評価がわかれた事もあったようです。

私はローレライも好きでしたので、ローレライのような作風で撮られた日本沈没もありかなと思っていました。
しかし出来上がった作品はそんな想像とは違う内容になっていました。
前作を意識して観た私ははじめは少しとまどってしまいました。

新作日本沈没は前作を知っていればより楽しめる作品ですが、全く別な作品と考えて観たほうが良いですね。
アルマゲドンからはじまった泣かせるパニック映画(泣きパニ)の路線です。

旧作、新作ともに日本列島が海の底に沈むという荒唐無稽な設定が軸になっていますのでこの世界観で演じられる物語について細かいあら捜しをすればきりがないでしょう。素直に楽しみたいものです。
映画を観ている2時間15分の間画面にひきつけられてしまえば監督の勝ちなのですから。

旧作では大災害への対応として何もしない方が日本民族のためだという問いかけがあり、それでも日本民族を退避させようと努力する人々の群像劇になっていました。
丹波哲郎演じた山本総理の(10000人がだめなら1000人でもそれがだめならば1人でも助けたい)という台詞に良く表れていました。

災害に直面したときの人間の無力さ、結局日本は沈み、海外に進出しても日本民族が戻れる国 日本列島=母親の懐 を失います。
小野寺(藤岡弘)阿部玲子(いしだあゆみ)は避難するときに離れ離れになってしまいます。
それでもエンディングで地球のどこかで太陽を見つめる小野寺の表情には戻るべき祖国を失った悲しみを乗り越えての希望が表れているようでした。
小野寺も玲子も再会することは出来ないでしょう、そして地球のどこかでそれぞれの新しい相手と子供をつくり新しい日本民族の血を継いで行こうとするのでしょう。

一方新作では何もしないほうが良いという台詞は再び語られていますが、田所博士(豊川悦司)のもとで科学技術で沈没に対し立ち向かう人々の勇気が描かれています。
小野寺、阿部玲子の二人、田所、鷹森(大地真央)の二人のパートが交互に描かれやがて大団円へと向かっていきます。
田所博士の場面で繰り返し流れる音楽(岩代太郎)も良くできていて小野寺、玲子のパートのしっとりした雰囲気と違いメリハリがきいています。

ローレライでも主張されていたテーマ(あきらめるな)がこの作品でもとても生きています。
前作になかったカタルシスが新作にはあります。


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2006.06.26

日本沈没 男前な田所博士

オリジナルから30年以上たった今、樋口真嗣監督が撮った日本沈没を中野サンプラザで観ました。
丹波哲郎が総理大臣を演じた前作日本沈没(73年作)は大好きな作品でしたので、新作がどのようにリメイクされるのか期待と不安が半分づつでした。
今のCGで前作(原作)をなぞってリメイクしても意味がないことを監督はよく知っていたのでしょう。
良い意味で想像していた内容を裏切ってくれた作りになっていました。
主演の草なぎ剛、柴崎コウのしんみりした場面が多いので?と思っていた前半でしたが後半で納得しました。
草なぎ剛はバラエティで見るひょうひょうとした姿とは違い男前です。
彼は困難に直面した役はぴったりはまりますね、
そしてもうひとりの男前は豊川悦司演じる田所博士。
こちらも良い役です、彼が主演と言っても良いかもしれません。
冒頭潜水艇わだつみ6500の中で片目を少し細め海底を見る様子は前作の小林桂樹が演じた田所博士へのオマージュでしょう。
樋口監督が映像作家を目指すきっかけは前作の日本沈没と聞いています。
そんなオリジナル-前作へのこのようなオマージュがところどころあるのも楽しませてもらいました。


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2006.06.21

映画のリアルさとカレーライス

私は食道楽ではないのですが、気に入った映画に共通していることは食事の場面があるということです。
それも高級なものではなく、ホットドッグ(ダーティハリー)カキ氷(泥の河)りんご飴(フレンチコネクション)マカロニ?(道)たまごごはん(突入せよ!)など、どれもほんの一場面なのですが映画を思い出すときにはその食べ物がすぐ浮かんできます。
映画という虚像の中で食事の場面があることでずいぶん現実味を感じられ映画の登場人物に感情移入してしまうのです。
小説でも同じで物語りにさほど関係ない食事の描写がとても気になります。
高橋三千綱真夜中のボクサーの中で主人公が作るシチュー(たまねぎをゆでて味噌で味付けしただけ)はほんとうにおいしそうでした。

最近見た中で気に入った映画ローレライで唯一不満だったのが食事の場面がわずかしかなかったことです。
CGを多用したこの作品で印象的な食事の場面があればもっと現実味があったのにと感じました。

劇場で見てからDVD発売を待っていた三丁目の夕日ではカレーライス、コロッケ、ちゃぶ台を囲んでの昭和の家族の食事場面が描かれています。
でも駄菓子屋のくしあんず、すもも、たぐり飴、水あめ、ラムネ、あんこ玉とかもっと描写してほしかった。
もっともこの作品はファンタジーの要素が強いからあんまりリアルに描いても?なのかも。
当時新しいはずの道具などが過度によごし加工の演出なのもこのためですね。
これらをきれいに作ったら昔の雰囲気がでないな、きっと、、、
現代の者が記憶している昭和の時代での物語りのための演出ということです。

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