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2004.09.23

映画を見る環境

飛行機の機内上映映画も最近は様変わりしました。
以前は、天井から吊るされたモニターや機内の壁にプロジェクターなどで映写したり、乗客はみんな同じ作品を見ていました。
最近は、座席にセットされたモニターで自分が選んだ作品を、ビデオのように好きな時間に見ることが出来るようになりました。とても便利とは思いますが、同じ作品を他人と同時に共有する感覚はないので、映画館と同じようにおもしろい場面で皆が一緒に反応するのを感じることは出来ません。
また時間配分に気をつけないと、全部見終わらないうちに着陸してしまうこともあります。
これが日本で未公開の作品だと、続きを見るにはもう一度飛行機に乗るか、劇場で上映されるまで待たなければなりません。

私は子供の頃から映画を見る環境の雰囲気(大勢が暗い部屋でスクリーンをみつめるという)が大好きでした。
学校の体育館での映画会、自動車教習所での教育ビデオ、旅行で乗ったバスで見るビデオ、など他人と一緒に映画を見るのは楽しいものです。

小学生の頃には地元にも映画館がたくさんありました。ビデオやDVDが無い時代の娯楽の主役は映画でした。
東宝、東映、2番館などの映画館ではそれぞれ雰囲気が違い、今のシネコンのような豪華な雰囲気もありませんし、がたがたの椅子でしたが、そこには間違いなく本来の銀幕があったような気がします。

東宝の劇場で怪獣映画が上映されるときには満員の客席からあふれた子供が舞台に寝転んで映画を見ていたほどでした。入れ替えも無かったので同じ作品を2回見ることも出来ました。

映画館のロビーで前の上映が終わるのを待つ間、館内から映画の音がこもった音で洩れ聞こえました。
この音を聞きながら作品を想像して胸を躍らせたものでした。
こんな映画館はみんな閉館しました、シネコンのフカフカした椅子に座るとそんな映画館のことを少し思い出します。

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2004.09.22

昭和歌謡大全集 原田芳雄は日本のマイケル・ケイン

邦画を見てよく思うのは、題材は良いのに何故いまいちな出来になってしまうのかという事です。

昭和歌謡大全集 篠原哲雄 監督  2003年

村上龍の原作を忠実に映画化していると思います。
長編小説では無いので映画にするのにも無理はなかったようです。

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昭和の世代には懐かしい歌がたくさん流れて物語は進みます。
おばさんと青年の殺し合い、お互いを敬遠する世代は相手を認められません。
また自分を認めてくれない相手は、この世から抹殺するべきものでしかないのです。
おばさんの方が年季あるぶん有利と見えましたが、追い詰められたねずみは何をするかは想像つきません。
泣き虫の子供も怒るととたんに凶暴になるのと同じです。

映像化されたものは小説のイメージほど豊かではありませんでした。
物語のテンポも悪く、せっかくの音楽が活きていませんでした。
ラストは博士の異常な愛情(キューブリック)を意識したのかもしれませんが、博士、がその題材の割に淡々としていたのに対し、この作品はみょうな生活感(とくにおばさん達)がありそれが爽快感の妨げになっていたのかも知れません。

主演の松田龍平に爆弾の造り方を教える金物屋のおやじ役で原田芳雄が出ています。
原田芳雄は色々な作品に出ています(年に2から3作)様々な作品(TV、映画問わず)
まるでマイケル・ケインみたいです。

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2004.09.19

オー・ブラザー 脱獄、強盗、大洪水、悪魔に魂を売れ!

脱獄囚、銀行強盗、悪魔に魂を売った黒人、人種差別、ダムの決壊から大洪水、
主演ジョージ・クルーニーとあればアクション大作かと思ってしまいますが、、、

オー・ブラザー ジョエル&イーサン・コーエン監督 2003年 

ホメロスのオデュッセイヤを1930年のアメリカに置き換えて映画化。
様々なエピソードが淡々と描かれています。黒人差別(KKK)など実際は深刻な題材をユーモア混じりで進む物語はこの監督ならではの味わいでしょう。

私が人種差別を描いた作品を最初に見たのはTVで放映されたジャイアンツでの黒人が白人と同じ食堂に入れない場面でした。
またこの頃アメリカ映画の主人公はほとんど白人で黒人は脇役でした。
その後組合や、人権問題などに対処し、最近のアメリカ映画では必ずある程度良い役で黒人や東洋人が出演しています。とくにアクション映画ね。
多国民アメリカならではの出演者のバランスを考えているのでしょう。

ずぶぬれボーイズことクルーニーたちが劇中歌う歌ものんびりした南部の雰囲気ですが、こののんびりした雰囲気の影にも差別の事実があったのですね。

以前、アメリカ人の知り合いに、都会に住むアメリカ人にはテンガロンハットをかぶったカウボーイスタイルの旅行者は田舎者に見えると聞きました。

日本人から見た印象とは違うのかと思いました。
するとマルボロの広告でカウボーイスタイルで決めているモデルはただの田舎ものなのでしょう。

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ストライキ 経済損失18億円?

野球には興味がまったくないのでセリーグとパリーグの区別さえつかない私には、連日報道されているプロ野球団のストライキはどうでも好い事です。
TVでこのストライキによる経済損失は18億円と伝えていましたが、その計算方法はどんな信憑性があるのでしょうか?
野球場の売り上げ、TV、ラジオ、スポーツ新聞などの損失はあると思いますが、その分他で消費されてるのではないでしょうか。
今回のストライキで試合を見なくなった人は多いと思いますが、その人たちは全員家で寝てる訳じゃないと思うし、球場のホットドッグ食べない分、焼肉や寿司食べる人もいるよね、きっと。

経済の先生、もっと詳しく説明して下さい。
ところで経済学の先生の数は、
縦に積み上げると富士山何個分?
並べると東京ドーム何個?

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どん底 黒澤明 自分探しの旅

川原の石ころさ、さんざん揉まれて丸くなったのさ
御遍路の嘉平(左卜全)が優しくされて感謝するあさ(三好栄子)に言う台詞です。
揉まれ続けて丸くなるにもそれなりの資質が必要でしょう。
この長屋では丸くなる前に破滅してしまう者もいます。

どん底 黒澤明監督 1957年 東宝

江戸時代のゴミだめのような貧乏長屋に暮らす人々の物語。
原作はマクシム・ゴーリキーでジャン・ギャバン主演でも1936年にすでに映画化されています。
美術の村木与四郎による長屋のリアルな表現(まさしくどん底の掃き溜め)は画面から匂いまで感じられる錯覚を起こすほどです。

物語はほとんどが長屋の中で進行し、まるで舞台を観ているようです。
数台のカメラで一緒に撮られた映像が編集されたことで、舞台のような臨場感はより増しています。

数多い登場人物それぞれが主人公ですが、中でも嘉平(左卜全)の良い台詞がたくさんあります。

「これでも随分女は知ってるよ、抜けた髪の毛の数ほどな」泥棒の捨吉(三船敏郎)と大家の女房お杉(山田五十鈴)の関係を心配し忠告する嘉平。
嘉平も若い頃、女がらみで修羅場をくぐっています。捨吉に昔の自分をだぶらせているのかも知れません。

「死んだものは何もしないよ、怖いのは生きてる奴だ」
あさが死んだことにおびえる、かよ(香川京子)をなだめる台詞。

長屋を去る嘉平に行き先を訊ねる捨吉。
「それが分からねえから出掛けんのさ。どっかにもっといい所がある誰でもそう思ってさがしているのさ」
見つからないと言う長屋の住人に答える嘉平
「見つける気さえ無くさなきゃきっと見つかるよ」

やがてどん底のような長屋の住人達にも自分の行き先を探す時が来ます。

佐藤勝が音楽を担当していますが劇中の音楽はほとんどないのですが、長屋の住人たちが声で演奏する囃子は印象深い場面です。


北野武は黒澤作品が好きなようで、座頭市でのタイトルはこのどん底とそっくりです。
また座頭市でのラストのタップダンスは、隠し砦の三悪人へのオマージュでしょう。


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2004.09.17

エスカレーターのマナーは?

マナーの基本は他人に迷惑をかけないこと、そして不愉快にさせないことが大切だと思います。

最近、変わったマナーが多く、そのたびになんなのかと不思議な気分になります。

まず車の運転中に、前を譲ったときの挨拶、
以前は社内の運転者が会釈したり手を上げて答えてくれたような気がしますが、最近は顔が見えていても目も合わさないまま、車のハザードランプがちかちかと点滅
これはもともと大型トラックなど後ろから運転者が確認できないため、道を譲ってもらったときにありがとうの意味で始まったと思います。
いつかそれが一般の車にも浸透したのだと思いますが。
なかには強引に割り込んできてからちかちかとされる場合もあり、こんな時にはなんのための合図なのかと考えこんでしまいます。

エスカレーターで左右どちらかを急ぐ人のために空けておくということも、急ぐ人への配慮としては良いと思います。
しかし最近はデパートなどのエスカレーターでも同じように空けるのが当然になっているようです。

通過する手段の駅のエスカレーターなら理解できるのですが、デパートでも同じようにするのはどうなんでしょう?
デパートの場合構造上、エスカレーターの乗り継ぎの折り返しで混雑時には2列づつ並ぶのにくらべ長さが2倍になります。
また小さな子供は手をつないで線の内側へ乗ってというアナウンスがありますが、縦に並んで手をつなぐのは危険でしょう。

それほど急ぐなら階段を駆け上がれば良いと思うのですが。

前にTVで日本人が外国人と挨拶するときには握手しながらぺこぺこしておかしいと言っている人がいました。
握手が外国の習慣ならおじぎは日本の習慣。相手の習慣を受け入れながらこちらの習慣を表してどうしておかしいのでしょうか。

むしろ西洋かぶれして勘違いした振るまいのままのほうがおかしいと思いますが。
西洋に比べれば所詮手足の短いサルの日本人(それでも最近の若者は見栄えが良いのも現れてきましたが、)
せめて礼儀正しくしたいものです。

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2004.09.14

パピヨン 絶対に生き抜く!

どんなに悪い状況になっても人は希望を失わずにいられるのでしょうか。

パピヨン 監督: フランクリン・J.シャフナー 1973年 フランス

映画は見た時期、そのときの環境で受ける感じが大分違います。
初めてこの作品を見たのはTVの洋画劇場でした。
吹き替えはマックィーンを宮部昭夫、ホフマンを愛川欽也がやっていたと記憶しています。
当時小学生だった私はこの映画の様々なエピソードにとてもショックを受けました。
無実の罪で投獄された刑務所のひどい環境。
脱走を失敗したマックィーンが減らされた食事を補うためゴキブリやムカデ、蝶をスープに混ぜて食べる場面。
再度脱獄した森の中で出会う顔面に刺青をした男。
パピヨンを助けるらい病に冒された男等、、

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マックィーンも他の作品とは違い汚らしい格好です。
中でも印象に残っているのは、森で出会う刺青の男とらい病の部族の首領の男です。
顔を刺青で覆った男は当時はただ恐ろしいだけでしたが、今見直すとパピヨンを助ける信念をもったヒーローに感じました。
顔がただれた、らい病の男に出会ったパピヨンは初めは男の顔を直視できません。
「人と話すとときには相手の顔をみるのが礼儀だ」
男はそう言うとパピヨンに吸っていた葉巻を差し出します。
吸い口は唾液で湿っています。
パピヨンは一瞬ためらいますがその葉巻を受け取りゆっくりと吸います。
男はパピヨンに
「私の病気が他人に移らないとなぜ判った?」と訊ねます。
「知らなかった」と答えるパピヨン。
その答えにあきれて笑う男。
病の男はその病気のため他人に差別されたことが多かったと思います。
そしてその容姿のため彼に接触することを嫌がる者が普通だったのでしょう。
自分に対するパピヨンの接し方を認めた男はパピヨンに逃亡のための船と金を与えます。

やがて身を寄せた修道院の院長の通報でパピヨンは再び捕らえられてしまいます。

一般の世界から外れた者に助けられ、人が最後に助けを求める神に仕える者によって再び地獄へ戻されるパピヨン。

2年、5年の独房生活にも屈強な精神力耐え、自由を求め続けるパピヨン。
ドガ(ホフマン)と分かれて最後の脱獄に挑むときドガに聞かれます。
「あんた死ぬかも知れない、、、」
「そんなことは関係無い」答えるパピヨン。
パピヨンにとっては自由の無い生活は死んだようなものです。

これが実話を基にした映画ということに驚きます。

ほとんど劇中で音楽が流れないのですがそのためラストで流れるテーマ曲は印象的です。

パピヨンのラストのセリフ
Hey You busters! I am still here!

フランス製作ですが,台詞は英語です。

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2004.09.12

白痴 黒澤明 オリジナルを見たい!

黒澤作品で度々出て来るテーマ、人間は見かけと中身がいかに違うのか。

白痴 1951年 黒澤明監督 松竹

亀田(森雅之)は戦争の影響で精神に異状をきたしてしまう。彼は自分が白痴であると認識している。
しかし、他人に対する無垢な思いは常人以上である。
その無垢な思いに対し、己の弱さで自我を崩壊していく周囲の者たち、、、

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周囲の人間は彼をべっ視するが、そんな周囲の人間の行動の方が亀田よりも異常に見える滑稽さ。
ドフトエフスキー原作のこの作品は編集前は4時間以上あるそうです。
さすがにその長さでは興行に影響するので2時間46分にカットされました。そのため突然画面に現れた説明のみで一部分の物語がはしょられてしまっています。
オリジナルのフィルムが残っているのであれば見てみたいですが、現在までオリジナル版が上映されないのはすでにフイルムが存在しないのでしょう。

映画において監督と会社で意見が対立することは多々ありますが、場合によっては監督のこだわりが正しくないこともあります。
黒澤明は当時、切るのならフイルムを縦に切れと言って激怒したそうです。
少し後ならもっと力があったのでしょうがこの時点では涙を飲んだのです。(天国と地獄 1963年では撮影に邪魔な家を撤去したぐらいですから)

芸術と商売のバランスを取るのはむずかしいと思いますが、試写で客受けの好い結末だけ選んで作った結果が最近のハリウッドの作品なのでしょう。

短縮されたこの作品でさえも、作品の持つ力に圧倒されます。
イタリア料理のフルコースを食べたような感じです。

亀田役の森雅之は本名有島行光で有島武郎の長男です。1911年生まれで当時40歳、赤間役の三船敏郎は当時31歳です。
後に悪い奴ほどよく眠る(1960年)で共演したときには、49歳とは思えない老け役(三船の義理の父役)で別人のようでした。

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2004.09.10

ブルークラッシュ ベサニー・ハミルトンに敬意を!

サーフィン映画はいろいろありますがミュージックプロモーションビデオのようなこの作品の主人公は女性です。

ブルークラッシュ ジョン・ストックウェル監督 2002年 アメリカ

ハワイでホテルのメイドをしながらプロサーファーを目指しているアン・マリー(ケイト・ボスワース)は親がなく妹と2人の友人と共同生活しています。
以前、大波に巻かれたことがトラウマになり次のステップを踏めないでいます。
波に乗っている映像も迫力がありテンポが良く飽きさせません。
波に巻かれて海面へ顔を出そうとする場面など、経験がある人は見ていて息苦しくなるほど臨場感があり良く撮れています。

主人公と妹の設定はアニメのリロアンドスティッチに似ています。同じような黒人の大男も出てきて仲良くなるのも一緒です。リロアンドスティッチでもサーフィンの場面が出てきました。
黒人の大男はフットボールの選手で同じ選手仲間のマットたちにアンが波乗りのレッスンをする場面はとても楽しそうです。

物語の設定で、センチメンタルになりそうな要素は結構あるのですが、予想を裏切って軽く明るいままラストまで進んで行きます。物語のテンポを良くするため脚本もだいぶ変更になったのではないでしょうか。

海に行く前に友人とわいわい言いながら一緒に見るにはふさわしい映画です。

同じサーフィン映画のビッグウェンズデーは日本ではヒットしましたが、ベトナム戦争の徴兵や友人の死、恋人との別れ、墓場で戦死した友人の死を悼み泣く場面などセンチメンタルな部分が多かったため、本国では受けが悪かったそうです。日本人はこういうのが好きですが、、、
ビッグウェンズデーは私も大好きな映画で、この映画に出会わなければ波乗りを始めなかったと思います。

昨年TVのニュースで13歳の女の子がハワイでサーフィン中に鮫に襲われ左腕を失う事故が放送されていました。
彼女の名前はベサニー・ハミルトン ハワイに住むサーファーで将来はプロになるのが確実と言われていました。
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彼女を襲ったのは体長約14フィートの巨大鮫(タイガーシャーク)です。
そのニュースを見たときには彼女が再びサーフィンをするのは無理だろうととても気の毒に思っていました。
昨日たまたま放送されていたTVを見て驚きました、彼女は事故から1年もたたないうちに海に戻りサーフィンしたのです、そしてコンテストに出場し決勝まで進んだのです。
片腕でパドルし波を乗り越え、以前とは重心の違う身体でボードの上に立ち波に乗ることはどんなに大変なことでしょう。
自分の状態を受け入れ、なお前向きに挑戦した彼女を尊敬します。
そして日ごろ物事をネガティブに考えがちなことが多い自分を恥ずかしく思いました。

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2004.09.07

恋はオートバイに乗って! 醜聞(スキャンダル) 

黒澤作品常連の役者は毎回見事に違うタイプの役を演じています。
三船敏郎と志村喬は数多く共演していますが、作品ごとに新しい役で楽しませてくれます。

醜聞(スキャンダル)黒澤明監督 1950年

画家の青江一郎(三船敏郎)は声楽家の西条美也子(山口淑子)とたまたま温泉で居合わせたところを写真に撮られ週刊誌に掲載されてしまう。その記事の見出しが恋はオートバイに乗って!スキャンダルにしてはさわやかな見出しです。

真実でない記事に腹をたてた青江は週刊誌編集長 堀(小沢栄)をたずね殴ってしまう。
この場面でたけしのフライデー事件を思い出しました。
青江は裁判で堀と争うことになり、弁護士 蛭田乙吉(志村喬)に弁護を依頼する。

志村喬はスキャンダルでは弁護士役ですが、買収されたり、ばくち好きだったりと、酔いどれ天使の医者とは正反対の役です。ビルの屋上に事務所(小屋ですが)があります。後にTVや映画でこの設定はよく見かけます。

堀に買収され、娘の正子(桂木洋子)にそれをさとられてしまい、蛭田は青江の前で泣き崩れる。
「俺は犬だ、うじ虫だ、、」

クリスマスを祝う酒場で今年はだめだったが来年こそはまともになると誓う蛭田。
酒場に居合わせた客達がそれぞれの思いで共に歌う場面は名場面です。

バイクにまたがり、パイプをくわえた画家青江は他人を疑うことのないまっすぐな青年です。
三船敏郎もまた好いどれ天使のやくざとは正反対の役を演じています。
黒澤作品はなるべく予備知識無いまま見た方がより楽しめると思います。せいぜいDVDやビデオのジャケットの写真を見る程度で、、、
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青江の友人役のすみえを千石規子さんがとてもかわいらしい演じています。TVDr.コトー診療所の内つる子役などおばあちゃん役の方が私にはなじみ深いのですが、若い頃はとてもチャーミングな女優さんだったのですね。

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2004.09.05

悪い奴ほどよく眠る ハングマン三船!

西(三船敏郎) が日本未利用土地開発公団の副総裁岩淵(森雅之) の娘佳子(香川京子)と結婚したのは岩淵への復讐のためだった。

悪い奴ほどよく眠る 黒澤明監督 1960年 東宝
黒澤明が黒澤プロを設立し初めて撮った作品です。

warui.bmp

黒澤作品はどれも脚本がうまく、結末はいったいどうなるのだろうと期待させてくれます。
しかし社会派サスペンスのこの作品、前半までは良いのですが、結末はあまりすっきりしたものではありませんでした。最後は三船敏郎にあばれて欲しかったのですが。

題名にある悪い奴たちがもっと悪人に描かれていればこの結末の感じも違っていたかもしれません。
トカゲの尻尾切りで部下を殺そうとするなどかなりの悪人なのに、みなさん品が良くてそれが伝わってこないのです。

黒澤プロは翌年、用心棒を、続いて椿三十郎、天国と地獄と娯楽色の強い作品を送り出します。

西と相棒の板倉(加藤武)の関係や設定など後のセントラルアーツ作品などに影響を与えているようです。
監督助手に西村潔の名前がありますが西村潔は後にセントラルアーツの作品を多数演出しています。
素性を隠し悪人を退治するハングマンのような設定なので、これがもっと娯楽色の強い内容だった場合も見てみたかったですね。


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2004.09.03

三軒の駄菓子屋

今はもうありませんが、小学生のころには近所に駄菓子屋が三軒ありました。
それぞれ町の小学校から同じぐらいの距離にありました。
店の名前は、たけしや、にこにこ堂、しょんべんたれや、と呼ばれていましたが、にこにこ堂以外は子供たちが勝手に呼んでいただけで、ほんとうの名前は知りませんでした。

たけしやはいつもにこにこしたおばさんがひとりでやっていた店で、店は一番小さかったのですが、3帖ぐらいの店内はいつも子供でいっぱいでした。
ここで酢いか、たぐりアメ、あんこ玉、すもも、串あんず、試験管のようなプラスティックの容器に入った怪しい食べ物を買い食いしていました。怪獣やヒーローのカードのくじやメンコやばちもんのおもちゃも人気がありました。
一度選んだお菓子ををかかえたまま、代金を払わずに店を出てしまったことがあります。しばらくして気がつきあわてて店に戻ると、おばさんは店の外でにこにこしながら私を見ていました。
「忘れただけだよね、正直にちゃんと戻ってきてえらいよ」
いつも買いに行ってたのでおばさんとは顔見知りでしたが、代金を払い忘れて店を出た私を追いかけて来るわけでもなく待っていてくれたおばさんに対してなんだかとても恥ずかしかった事を覚えています。

にこにこ堂はつるつる頭のおじさんが店主でしたが、怒ると結構怖いおじさんで、友だちのひとりはアイスのケースの蓋を開けたままどれにしようかと迷っていたら
「もう買わなくていい!」と怒鳴られてしまいました。
ここでは木で出来たガラス蓋付きケースの中にせんべいや、ポテトチップス、アメ玉などが並んでいて、スコップみたいなものですくい、10円から5円きざみで紙の袋に入れて売ってくれました。
おじさんが紙袋の口の両端をつかみ、くるくると回して袋の口を閉じるのを見るのが好きでした。
この店にはじめて一人で買いに行ったときには「ポテトチップス5円分ください!」と言ってしまい、
「5円は無いよ、10円からだよ!」と怒られてしまいました。
うーん社会勉強だ、はじめてのおつかいは、

しょんべんたれやは、三軒の中で一番大きかったのですが、子供たちの人気はいまいちでした。
酒屋さんがまいているような前掛けをしたおじさんが店主でした。
店の前に稲荷神社があるのですが、このおじさんはなぜか道路をはさんだ神社まで行きそこの塀に用を足す事がたびたびありました。
そしてそれを見た子供が呼びはじめた店の名前がしょんべんたれやだったのです。

コンビニやスーパーできれいに包装された駄菓子を買えるようになった今では、こんな店はもう無くなりました。

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