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2004.06.29

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ファミレス

1980年ごろ、マルイの月賦で買ったサーフボードを屋根に乗せ、第三京浜で湘南へ行き、帰りは瀬田のレストランへ、
ここのレストラン(当時はファミレスなんて呼ばなかった)はデニーズにしても他の場所よりは店構えに雰囲気がありました。アーリーアメリカン調ですか(死後、いや死語です)、その他何軒かが並んでいたと記憶してます。
こんなレストランで食事するのがおしゃれだったのですね。(今みたいに小さい子供がいなかったね)
思えばこの頃のレストラン(今で言うファミレス)は特別な場所だったのではないでしょうか。
イタ飯なんて言葉もまだ無かったころです。

たとえばハングリータイガー、レッドロブスター、イエスタディー、アンナミラーズ等、今よりも特別な場所だったような気がするのですが、(私だけか、、、)
フォルクスでもステーキ頼むと焼き方聞かれたもんね、気取って雑誌の受け売りでミディアムレアなんて頼んだりして。
原宿のバンブーというサンドイッチ屋に言ったときに初めてマイケル・ジャクソンのスリラーをモニターで見ました。
カフェバーが流行ったのもこの頃、ただ薄暗い照明の店内で訳のわからないカクテルを訳のわからない私が訳のわからないつまみを食いながら飲んでました。

当時グアムに行った後バイト先の女子にセブンイレブンやデニーズに行った話しをしたら、へー外国にもあるんですかと言われました。

携帯やネットの無い時代、夏は海、冬はスキーが遊びの定番でした。
若者のバイブルはポパイやホットドッグプレスです。

夏のある時、
夜中に友人と数人で車で海へ向かい出発。車は友人の親父さんから借りました。
朝、由比ガ浜の海岸へ到着。
海岸でシートなど敷いていると運転して来た友人がなにやらそわそわしてる。
訊ねると「なんでも無いよ、車の鍵がないんだけどすぐ見つかると思うから」
砂を掘っている友人。
やがて彼は電車でスペアキーを取りに家へ戻りました。
彼が戻って来たのは午後3時過ぎ、こちらは日焼けと疲労でもう帰ろうと、
友人、海にいたのは30分ほどでした。そして一言「少しは焼けたかな?」

彼の親父さんは「もう車は貸さん」と言ったそうです。

そんな昔の思い出です。

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